厚生労働省の社会保障審議会障害者部会(部会長:菊池馨実・早稲田大学理事・法学学術院教授)が10月20日に開催され、@地域差の是正に向けた対応、A就労系障害福祉サービスの適切な事業運営の確保、B障害福祉サービス等の費用の状況を議題に議論が交わされた。
@に関しては、地域差を評価する指標として「年齢調整済のサービス利用率(人口に占めるサービス利用者の割合)」を用いて、その値が「平均+標準偏差よりも大きい」場合に“対応する必要がある地域差”と位置づける――との案を厚生労働省事務局が提示。しかし賛否が分かれ、議論はまとまらず継続審議となった。
Aに関しては、就労継続支援A型・B型事業所の新規指定や指定後の指導等にあたって、各自治体がチェックするべき事項や手順を収載した「ガイドライン」(案)が完成したということで、厚労省事務局が全文と概要を提示。これに対して、委員から複数の意見が出た。厚労省はこうした意見も踏まえてガイドラインを正式決定し、近く通知することとしている。
Bに関しては、令和5年度から6年度にかけて障害福祉サービス等の総費用額が大幅に伸びており、特に「就労継続支援B型」「施設入所支援」で伸びが大きかったことなどを、厚労省事務局が資料にまとめて提示。同省として「制度の持続可能性の観点からの検討が必要」との認識を示し、議論が交わされた。
“是正”対象の地域差は「平均+標準偏差」とする事務局案。
「全国一律の評価で地域のサービス需給に支障」との意見も
「地域差の是正に向けた対応」に関しては、そもそも“対応する必要がある地域差とはどのようなものか”を定義することが出発点となる。
そこで厚労省事務局は、@サービス利用に関する地域差を見るための指標(どういった数字で比較をするのか)、Aサービス利用に関する地域差の基準点(何と比べて差があると判断するのか)、B「対応する必要がある地域差」の対象ライン(どこから対応の対象とするのか)――に分けて検討。@については「人口の年齢階級の分布を全国平均並みと仮定した場合の利用者数割合とするのが適当」、Aについては「全国平均値が適当」、Bについては「平均+標準偏差が考えられる」との検討結果を資料にまとめて部会に提示した。この日の会合には、統計学の専門家として駒澤大学経済学部の田中聡一郎准教授が立ち会って、事務局案の“合理性”を裏付けするコメントを述べた。
このような説明を受け、部会では事務局案に理解を示す意見も示された一方で、方向性や指標の立て方、扱うデータに疑問を投げかける意見も出された。
「全体的に、全国各地域を一律の提供体制にしていこうという考え方にも見えるが、人口減少速度、人材確保の状況、近隣の自治体との連携状況など、地域ごとに事情はまるで異なる。まずは地域の特性を踏まえた対応を優先すべき。単に、平均値と標準偏差を用いて全国一律に評価する手法は、地域のサービス需給に支障をきたすことも想定され、最適な提供体制の構築にはなじまないのではないか」「ニーズは時代とともに変わる。女性の就業の増加、重度障害者の増加、家族の機能の弱体化が進めば、いま以上に福祉サービスが必要となってくる。つまり、現時点で全国平均からみてサービス量が多いところも、将来は全然足りなくなるかもしれず、これが実績ベースの考え方の限界。計画をベースにしなければ、将来の時間軸で見たときの地域差の是正に繋がっていかないのではないか」といった反対意見も示された。
事務局案とは別なアプローチとして、「医療では、レセプト数を性・年齢調整して全国平均と比較する『標準化レセプト出現比(SCR)』」で地域差が分析されていて、今後介護でもSCRを活用する方向になっている。障害福祉分野もSCRに着手すべき」という提案も出された。
また、大事なのはデータ分析の後のプロセスにあるとして、「地域事情を踏まえてどう評価するかについては、市町村がしっかり意見を申し出ることができるようにしたうえで『数』が検討されるべきである。そのようなデータだけで決まるのではない、話し合いで決めていく仕組みづくりが今後の課題ではないか」という提案もなされた。
適切な事業者の参入に向けて。
ガイドライン=指定権者向け業務支援ツール、まもなく発出
「就労系障害福祉サービスの適切な事業運営の確保」に関しては、自治体が行っている指定事務について令和6年度の調査研究で実態把握が進められ、その結果をもとに今般、就労継続支援A型・B型事業所の新規指定および指定後の指導等のためのガイドライン案がとりまとめられ、この日の部会にかけられた。
現在、指定権者である自治体では、指定申請書および関係書類が揃っていれば、事業者からの申請を不受理にはできず、その一方で、就労系サービスの審査・指導には生産活動や民間企業の決算書類に関する専門知識が要求され、専任的な担当者が乏しい体制のもとでは、踏み込んだ対応が困難な状況にある。そこで、経験が浅くとも標準的なチェック作業を実施でき、障害者の就労能力向上に寄与しない事業者に対する参入抑制および指導を円滑に図れるよう、サポートツールとして本ガイドラインが開発されるに至った。
ガイドラインは、新規指定にあたってチェックするべきポイントとして、以下4点を掲げ、どのような流れで何をどう審査していけばよいかを指南。「生産活動内容」「生産活動収支」「利用者へ支払う賃金・工賃」といった事項を容易に把握できるよう、事業所に記入を求める統一的な様式(生産活動シート)も用意している。
【ガイドライン(案)における新規指定権者に対する審査のポイント】
@障害者支援や障害者福祉制度など、円滑な障害福祉サービスの提供に必要不可欠な知識等を有しているか
A就労支援事業会計など、事業運営に必要不可欠な知識等を有しているか
B就労の知識と能力を高める支援内容になっているか
C安定した収益が見込める生産活動の確保ができているか
資料1 令和9年度に向けた障害福祉計画及び障害児福祉計画に係る基本指針の見直しより(P.21)
あわせて、地域の自立支援協議会等を構成する団体、地域の模範となる事業所、中小企業診断士・社会保険労務士・税理士などの専門職で構成する「専門家会議」を設置して、就労支援における専門的知見及び就労支援事業会計を含む経営的観点からの審査を行うことを推奨している。
この日の部会では、「提供者側の都合で極端に利用時間を短くしている事業所や、常勤の週労働時間を極端に短くし、非常勤職員として雇用している事業所を把握できるよう、確認項目に盛り込むべき」「障害種別ごとの対応の有無、地域の各障害種別の専門機関・団体との連携状況などを確認項目に盛り込むべき」など、項目追加を要望する意見が出されたほか、専門家会議の人選について、「『就労支援事業等への知識を有し、かつ、第三者的な立場で関われる人』を条件とすべき。また、それぞれの専門性をもって何をチェックするか具体的役割を示す必要があるのではないか」といった意見が出された。
厚労省はこれらの意見も踏まえてガイドラインを正式決定し、近く自治体向けに通知を発出することとしている。
「就労継続支援B型」「施設入所支援」はサービス費急増。
次期改定に向け検討へ
さらに、厚労省事務局はこの日の配布資料「障害福祉サービス等の費用の状況について」(資料2)で、近年の障害福祉サービス等の総費用額の推移を示し、@令和5年度から6年度にかけて「12.1%」と急激な伸びが見られたこと、Aその伸びに寄与した要素は「一人当たりの総費用額の伸び」と見られ、0.9%(R2年度→3年度)、1.3%(R3年度→4年度)、2.2%(R4年度→5年度)といった近年の推移のなかで令和6年度は「前年度比6.0%」という突出した伸びを見せ、それは6年度実施の報酬改定の改定率1.12%を大幅に上回ること――を報告。「制度の持続可能性の観点からの検討が必要」とのコメントを付して、次期改定が“軌道修正”に向けたフェーズに入ることを示唆した。
サービス種別ごとの分析では、額の伸び幅で大きなものとして、「就労継続支援B型」(+1,052億円)、「放課後等デイサービス」(+792億円)、「共同生活援助」(+548億円)があり、伸び率で大きなものとしては「就労継続支援B型」(20.1%)、「施設入所支援」(16.5%)などが該当するとしている。
資料2「障害福祉サービス等の費用の状況について」より(P.2、P4)
こうした説明に対して、部会では「施設入所支援や就労継続支援B型などのように、他とは異なる傾向の見られるサービスについては、なぜこのような状況になっているのか、要因を把握し、対応策を検討する必要がある」と、2サービスに対する検証を求める意見が出された。
一方で、「就労継続支援B型の総費用額の伸び率が20.1%と非常に高い数値が示されているが、これは不適切な運営を行っている事業所の増加にも関連する事項であると思われ、新規指定のあり方や運営指導等の充実によって対応していくべきである」「B型事業所の1人当たり報酬単価は、就労移行支援やA型と比べて決して高い報酬とはいえず、この伸び率だけで判断することは早計」などと、就労継続支援B型の報酬引き下げに予防線を張る意見も出された。
また、費用抑制に向けた議論が今後展開される見通しであることに反応して、「障害福祉サービスが増えることで、障害当事者の『生活の質』の向上や経済的自立といったプラスの効果もある。負担増の側面ばかりに着目すれば、議論が削減の方向性に偏ってしまいかねないという問題意識を本部会として共有したい。厚労省事務局におかれては、今後削減・抑制の意図を持った議論を行うのであれば、『費用と効果』両面を把握できる資料をご提示いただけるよう工夫をお願いしたい」との声も上がった。
菊池部会長は、「今の意見について、他の委員からもうなずかれる様子があった。ご発言内容も踏まえて、ご検討いただきたい」と事務局に対応を求める場面も見られた。